溶岩の中はゲームまみれ

ゲーム好きのテラビモスが綴るブログ。普通の日記を書いたり、ゲームを紹介したりするブログです。

シリーズ談話その1-1 「ポケットモンスター」編
2013.04.09(Tue) 22:49

タグ: ポケットモンスター  GB 
今日からポケモンシリーズについて熱く語っちゃうよ♪
※RS、FL、DPのサントラを作業BGMにして書きます。買ったCDの曲をニンテンドー3DSのSDメモリーカードに入れてますんで。

すごく長くなりそうなので、何日かに分けて書きます。

ポケットモンスター赤・緑・青・ピカチュウ
記念すべきポケモン第1作目。最初に赤・緑が発売され、後に青(最初はどっかの雑誌のプレゼント限定だった気がします。後に一般販売)とピカチュウバージョンも発売されました。

ポケモンが発売される前、GB市場は衰退の一途を辿っており、ポケモンが発売直後の時点で発売予定ソフトが3本のみという有様でした。その背景には、セガサターン、プレイステーションなどの次世代機戦争があります。この頃のゲーム業界では、何色が発色できるか、という技術面に注目していて、モノクロ4段階調であるGBは過去のゲーム機として見られるようになっていたのです。誰もが、GBは終息するだろうと思っていた時代です。実際、ポケモンが発売された当初もあまり注目されず、出荷本数も23万本強に過ぎませんでした。

しかし、「育成」、「収集」、「対戦」、「交換」という4大要素を取り入れた本作はユーザー間の口コミによって次第に支持を得ていき、爆発的なヒットにつながっていきました。最終的には、赤・緑・青で累計1023万本という製作者側の予想を超えた売り上げとなったのです。

そもそも、ポケモンとはどのように誕生していったのか?wikipediaを元に調べてみました。
ポケモンの生みの親といわれる田尻智氏がゲームフリークを立ち上げたのがGBの発売年である1989年。ゲームフリークの処女作はFCソフトである「クインティ」。「めくる」という動詞をコンセプトとしたゲームです。GB自体はその特性上、パズルゲーム・アクションゲーム向けと見られていて、実際多数のパズルゲーム、アクションゲームが発売されました。田尻氏はスクウェアから発売されたRPG「魔界塔士Sa・Ga」の成功を受け、携帯機でもアクションの分野以外のゲームを追求できるのではないかということに気付いたそうです。

田尻氏がGBの機能で注目したのが、今は亡き横井軍平氏がおまけ機能で付けたという「通信機能」でした。この通信機能を利用して「交換する」という動詞をコンセプトとしたゲームの構想を考えました。「ウルトラセブン」のファンであった田尻氏はその作品に登場する「カプセル怪獣」からも構想を練り、「カプセルモンスター」というRPGの企画書を書き上げました。田尻氏はその企画書を任天堂に持ち込み、それを受け任天堂は開発費の援助を決定しました。1990年の秋のことだそうです。後に商標権、語呂が悪いなどの理由から今の「ポケットモンスター」へと名を変えたそうです。

開発当初、納期は1991年末を予定していましたが、RPG開発の経験不足、「交換する」ということへの動機付けを見つけられず、納期を超過しました。その間は不足した開発資金は他のゲーム開発によって賄い、そのたびにしばしば「ポケモン」の開発は中断されました。1995年頃までに、「MOTHER2」を制作したエイプから新会社クリーチャーズの社長に就任した石原恒和(現・株式会社ポケモン代表取締役社長)が全体をまとめて方向付けを行う役を担うようになりました。「MOTHER」シリーズ自体は田尻氏が「ポケモン」を制作するにあたって参考にしたRPGらしいです(「MOTHER」もRPG開発の経験不足からゲームバランスの悪さがとんでもない(終盤の敵が強すぎる。ただし、これは容量の理由から後半が大幅にカットされてしまったというのが原因だと思われる)という代物だったが…気にするな!)。実際「ポケモン」は世界観が現代風、主人公の服装、自転車など、「MOTHER」シリーズとの共通点も多く見られます。

「育成」、「収集」、「対戦」、「交換」という4大要素を徹底的に遊ばせるため、「別のソフトと通信交換をしないとポケモン図鑑が完成しない」、「自分が育てたポケモンで対戦ができる」という方針で開発は進みました。個々のプレイデータには親IDと主人公の名前が与えられ、所有するポケモンをさらに個性化する、という仕様も生まれました。当初はプレイヤーIDによって出現するポケモンが変わる、という仕様にする予定でしたが、それではシステムが複雑になりすぎるということで任天堂の宮本茂氏から「二つのバージョンに分けて発売する」という手法が提案されました。また、主流とは異なる大容量のバックアップを搭載することにより、151種類すべてのポケモンを保存することが可能となりました。そして、発売延期もして開発から6年経過した1996年2月27日にようやく発売されました。

こうして発売された赤・緑ですが、このゲーム、初期ロットはバグ満載のゲームだったんですよね。通常出現しないはずのミュウが出現するバグは特に有名です。その他、ポケモンの識別目的以外のデータをポケモンと認識させることによってバグポケモンを出現させたり、わけのわからないアイテムを買うことができたりといったバグがありました。後期に出荷されたロットは修正が加えられていて実行可能なバグは少なくなりました。ちなみに先ほど書きました「ミュウ」ですが、このポケモンは、ゲーム中に名前が登場するだけで、実際には出現しないという設定でROM内にも保存されていませんでした。そもそも、開発段階では、容量に入るのは150種類が限界でした。しかし、デバッグが終了し、デバッグ用プログラムを削除したところ、ちょうど一匹分入るスペースができたので、プログラマーが面白半分で入れたのだそうです。後に「ミュウをプレゼントしたい」という話になり、イベントで配布が行われました。

後のポケモンシリーズで重要となる「努力値」、「個体値」というシステムはこの頃から存在します。ただし、第3世代以降とは仕様が大きく異なります。努力値は倒したポケモンの種族値がそのまま努力値として加算されるという仕様で各能力(第2世代以降と違い、第1世代はとくこうととくぼうは共有でとくしゅという能力でした)の努力値の最大値は65535…だっけかな?ただ、その合計値の制限はなかったので、全ての能力の努力値を最大まで上げることができました。個体値も今のような0~31の32段階ではなく0~15の16段階でした。このような仕様から努力値振りはニドラン狩りなどによって行われました。

・評価点
「育成」、「収集」、「対戦」、「交換」の4大要素を初めて取り入れた意欲作。それだけではなく、その要素を徹底的に遊ばせるために工夫が凝らされている。シナリオクリア後も、隠しダンジョン出現、ポケモン収集、対人戦などさまざまな楽しみがあり、自由度が高いのが魅力的。発売当初こそバグが多かったが、バージョンアップによる改善が行われているのも良心的。BGMも良質的なものが多く、ユーザーの間で高く評価されている。問題点にバランスブレイカーが多いと挙げたが、それを除くとシナリオとしてはそれなりにバランスがとれている(急に難しくなるという仕打ちはないと考えていい)。

・問題点
第1作とあってかバランスブレイカーが多い。まずは急所率が素早さ依存であること。急所に当たりやすい技の場合は素早さの種族値が64以上であれば、確率が255/256となる。つまり「きりさく」なんかは実質威力140でノーリスクというチート技となってしまう。製作者側もこれを問題視したのか、第2世代では一定の確率に修正した。次に「エスパータイプ」がとてつもなく強いということ。この頃のエスパータイプはゴーストタイプが弱点ではなく、むしタイプのみが弱点。しかもそのむしタイプの技に威力の高いものがないうえにむしタイプ自身はエスパータイプに耐性がない。エスパータイプ技「サイコキネシス」は特に優秀でエスパータイプ以外(この頃はあくタイプが存在しない)のタイプにダメージが通るうえ、一定の確率でとくしゅ能力を下げることによって相手の火力を下げることも可能。ミュウツーやフーディンを見ればその強さも実感できるだろう。製作者側はこれも問題視したのか、第2世代でエスパータイプを無効化するあくタイプ、半減するはがねタイプ(エスパータイプ弱体化させる目的ではないと思われる。第1世代の不遇タイプであるほのおタイプの有用性を高めるためともとれる)の登場、弱点にゴーストタイプが付与されるなどの弱体化が行われた。こおりタイプの技「ふぶき」が強力。命中90と高い割に威力が120と高く、さらには3割の確率でこおり状態にするというチートっぷり。この頃のこおり状態は数ターン経つと治るものではなく、「ほのお技を受けることによってのみ治る」という仕様で、こおり状態にされた相手は先頭不能同然。ちなみに「ポケモンスタジアム2」では「ふぶき」の効果を修正したらしい。「はかいこうせん」の一度打つと反動で1ターン動けなくなるという効果は、相手を一発で倒すと発動しない。第1世代のケンタロスの強さはこの仕様が物語っているといえよう。「ポケモンスタジアム2」では修正が加えられているらしい。
バグが多い。今となっては、ユーザーから見れば、この作品のバグは楽しみの宝庫であるのだが、所詮プログラミング上のミスであり、本来はバグが極力存在しないよう努めるべきであるため、問題視すべき点である。この作品の場合は後のバージョンアップによる修正が行われており、結局のところ問題にはならないのだが。もしも、修正などがなければ、それが問題となるのは間違いないだろう。

・総評
第1作であるため、調整が甘いところもあるが、大ヒットを築かせた4大要素を盛り込んだ意欲作として評価できる作品。今となっては、バグもお楽しみの一つであるので、長い間やっていなかった方も久しぶりにやってみてはいかがだろうか。ポケモンの世界観がまだ定まっていない頃の作品なので、第1世代独自の世界観を楽しむことができるかもしれない…。

実はこの作品にハマったのって金銀を遊んでからなんです。いや、金銀を遊ぶ以前にこの作品を遊んだことはあるのですが、本格的にハマったのは金銀を遊んで以降。その頃からです、俺がポケモンにハマりだしたのは。最初こそ努力値、個体値気にせずに純粋に遊んでいましたね。とはいっても、努力値、個体値を気にしだしたのは1、2年前なんですけど。子供のころは終盤の「チャンピオンロード」が突破できなくてクリアを諦めました。その後リメイク版(ファイアレッド)をクリアしたので、ポケモンの作品のうちで殿堂入りしてないのはこれと金くらいかな?今はソフトを失くしてしまっているので遊べませんけど…VCで配信してくれないかなあ。

今日はここまでにします。次回は金・銀・クリスタルについて熱く語っていきます。実は初めて殿堂入りを達成したのはクリスタルだったりします(レッド…?幼稚園時代の馬鹿な頃の俺が倒せる相手だと思っているのか?)
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コメント:

あの・・・。

今頃になって本当にすいません・・・。

急所率よりも命中率低下による回避率の方がひどいのでは・・・。

初代の回避率は命中率1段階下がるだけで回避率が67%になり、
2段階で回避率50%、3段階で回避率40%になります。

ポケスタ2以降では命中率1段階下がれば回避率75%、2段階で
回避率60%、3段階で回避率50%に修正されたそうです。

まぁ、理由は僕がこの記事を見てなかったからですが・・・。
本当に今頃書いてすいませんでした。

Re: あの・・・。

そのことについてはこの記事を書いた後に知ったので書いていませんでした。バランスブレイカーの例として急所率とエスパータイプの存在を挙げてると思ってください。

初代では命中率低下技よりも回避率を上げる「かげぶんしん」のほうが流行っていた印象があります。

あと、回避率は一般的に避ける確率のことを指すと思うので命中率1段階下がる→回避率67%は間違いじゃないでしょうか。正しくは、命中率1段階下がる→命中率67%(命中100の技の場合)だと思います。

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